【書評】最後の秘境 東京藝大~感じのいい変人たち

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10万部越えのベストセラー『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』を読んでみました。

藝大生の妻が面白過ぎる!

著者の二宮敦人さんは、ホラー小説や推理小説を書いている小説家。東京藝大に通う妻の行動や言動が面白かったことから、藝大について調べ始め、この本が誕生しました。

課題をつくるため、全身ヌードに半紙をペタペタ貼り付ける妻。夫のお気に入りの箸とそっくりなレプリカをこっそりつくって、見つかると「へへ」と笑う妻。こんな家族と暮らしていたら、毎日が驚きの連続でしょうし、ましてや著者は小説家。「ほかにはどんな人がいるのだろう?」と取材したくなるのもわかります。

対照的な美校生と音校生

藝大の上野キャンパスには、美術を学ぶ通称「美校」と、音楽を学ぶ「音校」の二つの科があり、道路を挟んでキャンパスも二つに分かれています。

ジャージにノーメーク、あるいは奇抜な格好の美校生に対し、お行儀のよいファッションでさっそうと歩く音校生。工場や作業場、実験室のような広くて開放的なスペースが目立つ美校とは対照的に、高価な楽器を扱うためセキュリティチェックが厳しく、閉じられた防音室が並ぶ音校。ここまでコントラストがはっきりしていると、ロールプレイングゲームやファンタジー小説のため、綿密に作られた設定のようにも思えます。

対照的な二つの学部に共通するのは、どちらも「個性」が必要なこと。努力はして当たり前。その上で、確かな技術「だけ」ではない個性、つまり「才能」がないと評価されない厳しい世界。「よくできました」ではなく、「感動した!」「衝撃を受けた!」「ものの見方が変わった!」など、人の心を動かす作品や演奏がないと、プロとしては生き残れません。

変人の青春を味わう楽しさ

そして、才能さえあれば思い通りに生きられるとは限りません。浪人中も、受験勉強のために絵を描いていられるから楽しかったと無邪気に語る学生もいれば、才能はあっても、子どもの頃から音楽漬けの毎日を親に無理強いされたことが嫌になって、演奏から離れる人もいます。「好きじゃないけど、離れられない」と、悪魔に魅入られたようなことを言う学生もいます。

才能のある人、選ばれた人というのは、えてして変人です。そして人間は、変人とか珍獣とか秘境とか、常識の枠を超えた存在に関心を持ちます。芸能人やスポーツ選手、あるいは犯罪者への興味も同じなのですが、この本では、そんな「変人」たちの思考や行動を、ゴシップや事件を覗き見る後ろめたさを抜きに、楽しむことができます。

読みながら思い出したのは『のだめカンタービレ』でおなじみの漫画家、二ノ宮知子の怪作『平成よっぱらい研究所』と、浅草キッドが芸能界の異才を描いた『お笑い 男の星座』。どちらも愛すべき変人たちの凄さやダメッぷりが堪能できる濃い作品ですが、『東京藝大』は、芸術×青春という組み合わせのせいか読後感がさわやかで、破天荒なよっぱらいや江頭2:50ほど読者を選びません。私はそちらも大好きですが。

こんな人生もあるんだ!という爽快感

持って生まれた資質を伸ばし、自由に生きている人を見ると、見ている人も、その間は自由になれた気がします。しかし、自由過ぎて日常から逸脱していく姿を見ると、つい悲観的な将来を思い描いてしまい、不安になってしまいます。

日常と非日常のバランスが奇跡的に成立している人、たとえば、さかなクンや将棋の藤井四段など、才能を発揮しながら生きているけれど、平凡な日常を脅かさない、「感じのいい変人」なら、いつの時代も歓迎されるでしょう。

「卒業生の半分は行方不明」とささやかれる東京藝大。それでも、ブラック企業で長時間労働の末心身を壊し、会社を辞めて姿を消すよりは、好きなことにチャレンジして挫折した方が、まだマシです。己の個性を消して会社や組織に貢献しても、必ずしも報われない時代だからこそ、「こんな人生もあるんだ!」という驚きが、快感になるのでしょう。

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